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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)369号 判決

控訴人(原告) 沼崎享 外一名

被控訴人(被告) 茨城県知事

主文

一、原判決を取消す。

二、被控訴人が別紙第一目録記載の土地につき昭和二三年二月二日を買収期日としてなした買収処分並びに昭和二七年七月一日を売渡期日としてなした売渡処分はいずれも無効であることを確認する。

三、被控訴人が別紙第二目録記載の土地につき昭和二三年二月二日を買収期日としてなした買収処分並びに昭和二七年七月一日を売渡期日としてなした売渡処分はいずれも無効であることを確認する。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人沼崎享訴訟代理人は、主文第一、二、四項同旨の判決を、控訴人沼崎金次訴訟代理人は、主文第一、三、四項同旨の判決を求め、被控訴代理人は、各控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人等訴訟代理人において、「本件土地は登記簿上訴外沼崎荘太郎所有名義の土地と訴外沼崎市郎所有名義の土地とがあつたもので、その詳細は別紙目録記載のとおりであり、本件土地売渡処分の無効であることは、買収処分が無効なものであるためである。」と述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(証拠省略)

理由

一、別紙第一目録記載の土地が控訴人沼崎享の所有していたものであること、茨城県稲敷郡旧根本村農地委員会(村農委と略称する)が昭和二二年八月二五日別紙第一、第二目録記載の本件土地を含め合計三町六反五畝六歩の農地につき旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第三条第一項第二号に基き訴外沼崎荘太郎、同市郎を被買収者とし、買収期日を同年一二月二日と定めて、第四期買収計画を樹立公告したこと、右第四期買収計画に対し控訴人享の法定代理人親権者母沼崎みよのが異議申立をしたが、同年一〇月二七日付で却下されたこと、村農委が右第四期買収計画の対象となつた土地から田六三筆合計約一町一反歩余を控除した土地すなわち別紙第一、第二目録記載の土地に更に土地台帳名義人訴外沼崎もと(大正六年一二月一二日死亡)名義の田七筆合計九畝五歩を加えた二町四反二五歩について、昭和二二年一二月一七日前記法条に基き前同様沼崎荘太郎、同市郎及び右もとを被買収者とし、買収期日を昭和二三年二月二日と定めて第五期買収計画を樹立公告し、茨城県農地委員会の承認を経て、被控訴人茨城県知事が買収令書を発行し、その後村農委は右土地につき昭和二七年五月一六日、売渡期日を同年七月一日とし、売渡の相手方を太田正一、安立菊次郎、臼田いと、足立祐次郎、臼田弘、足立竜夫、朝日向庄太郎、小菅正四その他の者と定めて売渡計画を樹立公告し、県農地委員会の承認を経て、被控訴人茨城県知事が同年一二月一九日頃右各売渡の相手方に売渡通知書を発行交付して売渡処分をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、控訴人等は、右買収処分並びに売渡処分は無効であると主張し、その無効原因について数個の理由を挙げている。

(1)  まず、控訴人等は、本件土地の真実の所有者は公簿上の所有名義人と異なるのに、公簿上の所有名義人である沼崎荘太郎、同市郎を被買収者としてなした買収処分であるから無効であると主張する。

別紙第一、第二目録記載の土地は、もと訴外沼崎荘太郎若しくは同人の長男訴外沼崎市郎の所有であり、公簿上もそれぞれの所有名義となつていたところ、大正一〇年一〇月二一日右荘太郎が死亡し、市郎がその家督相続をしたので、結局別紙第一、第二目録記載の土地は、市郎の所有となつたこと、市郎は昭和一六年七月日支事変のため応召し、昭和一九年召集解除となつて帰宅したが、昭和二一年六月二三日死亡したので、控訴人享がその家督相続をしたこと、控訴人金次は右荘太郎の次男で、昭和一〇年稲敷郡柴崎村柴崎大竹某方の事実上の養子となつたが離縁となり、次いで昭和一二年一二月同郡長竿村仲代操方の婿養子となつたこと同控訴人が昭和一八年八月大東亜戦争のため応召出征し、昭和二一年三月復員したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右事実に被控訴人金次と被控訴人間において成立に争いのない丙第一一号証の二、同第一二号証の一ないし三(丙第一三号証の五ないし七)、原審証人寺田正造の証言(第一回)、原審における控訴人享法定代理人沼崎みよの、原審並びに当審における控訴人沼崎金次各本人尋問の結果(いずれも一部)並びにこれらによつてその成立を認めることのできる丙第四号証、同第五号証の一、二を綜合すれば、次のとおり認めることができる。すなわち、控訴人金次は前記の如く昭和一二年一二月仲代操方の婿養子となつたが、養父母との折合が悪く、昭和一六年暮頃事実上離縁となつて実家に戻つた。しかし当時兄市郎は前記の如く既に応召出征しており、同人の妻みよのと控訴人金次との仲がうまく行かず、とかく家の中がごたごたしたので、親族がそれを見兼ねて昭和一七年一、二月沼崎家にみよのの実父森田藤市郎、控訴人享の叔父で控訴人金次の義兄寺田正造、同人の妻きせ、その他親族浅野四郎、同吉沢吉男等が集まり、控訴人金次並びにみよのと相談した結果、控訴人金次に上根本字下沼の田約二町歩を分与して分家させ、兄市郎の先妻の子義行を引き取り養育せしめることに話合ができた。そこで控訴人金次は右の話合に基き分家財産としてその頃事実上別紙第二目録記載の土地及びその土地一町一反歩余の土地を受け、同一家屋内の別室(書院)で右義行と一緒にみよの等と世帯を別にして生活し、爾来控訴人金次が昭和一八年八月大東亜戦争のため応召出征するまで右二町歩余の土地を、昭和二一年三月帰宅後はその一部六、七反歩を自ら耕作してきた。そして前記土地の分与については、その後土地の所有者である兄市郎が昭和一九年中召集解除となつて帰宅し、また控訴人金次が昭和二一年三月復員してから、遅くとも同年四月一一日までには、市郎において前記分与に同意し、控訴人金次に該土地を贈与する意思を明らかにした。以上のとおり認められるのであつて原審証人臼田弘の証言中右認定に反する部分は、前記各右認定に反する部分は、前記各証拠と対比して措信できないし、他に右認定を動かすに足りる証拠は存しない。

以上に認定した事実によれば、本件買収処分当時は勿論のことそれ以前たる第四期買収計画が樹立された昭和二二年八月二五日当時において既に、別紙第一目録記載の土地は控訴人沼崎享の、また別紙第二目録記載の土地は控訴人沼崎金次のそれぞれの所有に属していたことが明らかである。してみれば、本件買収処分は本件土地の真実の所有者でない者に対するものであつて違法の処分であることは明らかである。

たゞかかる違法の処分であつても、それが当然無効か、或はたんに取消しうるに過ぎないかは問題であり、一般には、所有者を誤認し、登記簿上の所有名義人を所有者として定めた買収計画及び買収処分は当然無効ではないが、その誤認の瑕疵が重大かつ明白である場合は、当該処分は当然無効であると解せられている。元来自創法による農地の買収は、同法制定の趣旨から考えても、真実の所有者について行うべきもので、登記簿その他公簿の記載に農地所有権の所在を求めるべきではない。昭和二二年一月一四日農林省令第二号農地調査規則において、市町村農地委員会に対し、当該市町村の区域内にある農地に関し、各筆毎にその所有者耕作者、反別等につき詳細調査し、その調査の結果を地方長官に報告すべきことを要求し、必要ある場合には、農地の所有者、賃借権者等につき、必要な事項の報告を徴することを得べき旨を規定しているのも、右の趣旨によるものというべきである。従つて、真実の所有者でないことを知つていながらまたは容易に知りうる事情にありながら、たんに登記簿上の記載によつてその所有名義人を所有者として定めた買収計画及び買収処分は、その所有者誤認の瑕疵が重大かつ明白なものであるといわなければならない。原審証人大竹福四郎、同足立茂男の各証言によれば、村農委は本件買収計画のみならず、第四期買収計画当時本件土地の所有名義人である沼崎荘太郎、同市郎が既に死亡し、少くとも別紙第一目録記載の土地が控訴人享の所有となつていたことを知つていたことが認められるし、控訴人金次が別紙第二目録記載の土地の贈与を受け、これを自作していたことは、さきに認定したとおりであり、控訴人享と被控訴人との間において成立に争いのない甲第一号証の一、二、同第二号証の一、二、第四号証、本件当事者間に争いのない乙第六号証の一、二、同第七号証、原審における証人湯原岩雄の証言、控訴人金次、控訴人享の法定代理人沼崎みよの各本人尋問の結果を綜合すれば、第四期買収計画に対する前記異議申立却下の決定に対し、控訴人享の親権者沼崎みよのの名義で、昭和二二年一一月一日頃村農委を経由し、茨城県農地委員会に、控訴人享と控訴人金次を一世帯に属するものとしたのは不当であるとの理由で訴願が提起され(控訴人金次からも異議申立並びに訴願の提起があつたかどうかの点は暫らく措く)、この訴願につき昭和二二年一二月二日県農地委員会の会議に付議されたが裁決をなさず、いわゆる再調として更に調査することとなり、当時県農地委員会より湯原岩雄、大関源一等の委員が現地調査をしたことが認められるのであるから、少くとも異議申立並びに訴願再調にあたつて、村農委員及び県農地委員会が十分の調査をしたならば、別紙第二目録記載の土地が控訴人金次の所有で、かつその自作にかかるものと認むべきであることが容易に判明したであろうことを推測することができるのに、単に登記簿上の記載のみにより、真実の所有者でない沼崎太郎、沼崎市郎を所有者として定めた本件買収処分の瑕疵は、重大かつ明白なものと断ぜざるを得ない。

(2)  しかのみならず、本件買収令書(第五期)が控訴人等に交付せられた事実を認めるに足りる証拠が存しない。原審並びに当審証人大徳秀雄は、本件第五期の買収令書を昭和二三年七月三日頃控訴人享の親権者沼崎みよのに対し、同人方庭先において交付したが、その際みよのは家の中から判を持つて来て丙第九号証の二の買収令書送達簿に受領の押印をした旨供述しているが、右供述は原審並びに当審における控訴人享法定代理人沼崎みよのの本人尋問の結果(当審の第一、二回)に対比してにわかに措信できず、同本人の供述によれば、大徳秀雄が昭和二三年七月初旬頃みよの方に来て、同人に対し農地に関する書類を持つて来たので印鑑を貸してくれと申し出でたことがあるが、みよのは農地の買収に関しては、前記の如く、第四期買収計画に対する異議申立却下の決定に対し訴願を提起し、これについて、控訴人金次より、訴願は通過の見込で、従つて買収にはならない旨を聞かされていたので、みよのは大徳に印鑑を貸すことを拒否したのであつて、買収令書送達簿に押印したこともなく、丙第九号証の二中備考欄に押印してある「沼崎」なる印影は、みよのの印による印影ではないこと、及びみよのは大徳より買収令書の交付を受けたこともないことが認められ、原審証人足立茂男の証言によつては、右認定をくつがえし、本件買収令書がみよのに交付せられた事実を認めるに足りないし、他に右交付の事実を認めることのできる証拠はない。本件買収処分の名あて人でない控訴人金次に対し買収令書の交付があつたことの認められる証拠の存しないことはもとよりである。

(3)  してみれば、以上認定の各事実から、本件買収処分は、控訴人等主張のその余の無効原因について判断するまでもなく、当然無効であるというべきである。

三、叙上の如く、本件買収処分にして当然無効である以上、本件売渡処分も亦当然無効であると解すべきものとする。

四、よつて、控訴人等の本訴請求は理由があるので、これを認容すべく、本件控訴はいずれも理由があるので、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田良正)

(別紙目録省略)

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